りえ先生の楽しいピアノ(第2回) - 横浜市緑区のピアノ教室 | 明るく楽しい♪福田音楽教室♪ -
〜 by FUKUON 〜
前回はピアノの誕生についてお話しましたが、現在のグランドピアノの見た目の形は、昔とそれほど変わっていません。
しかし、ピアノ内部には多くの改良を加えられているのです。
改良のひとつとして、フランス人のピエール・エラールの<ゲーマーもびっくり!高速連打を可能に!>を挙げることができます。
ピエールは1809年にレペティションレバーを、続いて1821年にダブルレペティションというものを発明し、鍵盤を連続して叩けるようにしたのです。
この発明によってピアノの演奏能力を飛躍的に高まり、音楽家たちの心を刺激し様々な作品誕生へ導いたのです。
♪この頃のピアニストや作曲家たち♪
1806年12月 4日:ブルグミュラー(兄)※
1810年 2月 8日:ブルグミュラー(弟)※
3月 1日:フレデリック・フランソワ・ショパン
(2月22日説あり)
6月 8日:ロベルト・シューマン
1811年10月22日:フランツ・リスト
1813年 5月22日:リヒャルト・ヴァーグナー
10月10日:ジュゼッペ・ヴェルディ
1824年には、リストがエラールのピアノを演奏しています。
※ブルグミュラーについて
ブルグミュラーといえば日本ではピアノ教則本「25の練習曲 Op.100」などが有名ですが、これはお兄さんのヨハン・フリートリッヒ・フランツ・ブルグミュラーが書いたものです。
ピアノを習ったことがある方にはおなじみですよね。
でも当時は弟のノベルト・ブルグミュラーの方が有名で、その才能が高く評価されていたのです。
しかし、弟ノベルトは1836年5月7日ドイツ・アーヘンで26歳という若さで急死してしまいました。
メンデルスゾーンは「葬送行進曲 Op.103」をノベルトに捧げ、シューマンやシューベルトも彼の死を悼んでいます。
たくさんの有名作曲家が、天才ブルグミュラーの行く末を楽しみにしていた矢先でした。
でも日本ではお兄さんの教則本にみんなお世話になっているわけです。
なんだか不思議ですよね!
さておき、
様々な音楽家たちが、ピアノの改良と共にステキな曲を発表していく時代、『ロマン派』に突入していきます。
ワクワクします〜ぅ〜♪
それでは、次回の「りえ先生の楽しいピアノ」でお会いしましょう♪
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